公開日2015/07/17
公開日2015/07/17
「水辺のカフェ」三宅商店 酒津
桜の名所、倉敷の水源地として知られる酒津の水辺に佇む、古い民家を利用したカフェ。その店主で、倉敷美観地区に町家喫茶も開く辻信行さん曰く、「子どもの頃、美観地区にある本町通りの『ひやさい』と呼ばれる小道を歩くと、路地裏探検しているみたいですごく楽しかった」。高校時代までをこの地で過ごし、京都の大学で教育を専攻した彼は、海外でさらにそれを探求し、1994年に帰郷しました。「当時は、倉敷川沿いだけが賑わい、同じ美観地区なのに本町通りは裏通りと言われていました」。大学時代に友人や知り合いから、「倉敷は一回行ったらいいよね」と言われ、故郷だけでなく自分までも否定された気持ちになった記憶が今も鮮明に残っているといいます。ほどなく辻さんは、「倉敷の本当の魅力は協調性を保ちながら、代々つないできた暮らしの豊かさにある」という実感から、「人々が暮らす本町通りを舞台に、倉敷の本質を引き出すきっかけ作りをしたい」と考えるようになりました。
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1水や緑を間近に感じられる店内
辻さんは、2003年から12年の間、地元のケーブルテレビで、「みんなの手が届き、声が届く小学校区」を歩き、地域に住む人々や事物を紹介する番組を企画・制作してきました。それと並行して営む『三宅商店』で発信するのは、倉敷の本質である豊かな暮らし。それをさらに深めて「倉敷全体のルーツを考えた時、やはり水だ」と思い至った辻さんは、倉敷の水の源であり、自ら通った小学校の学区内にある酒津に、新たな店を開きました。「本町通りと違って、ここは駐車場からちょっと歩かないといけない。その途中で水や緑といった自然と触れ合えるこの店も、実は『塀のない学校』なんです」。水辺を散歩する人とあいさつを交わしたり、自然の美しさに気づいたり、エアコンのない店内で風を入れる心地よさに気づいたり…。そんな小さなきっかけ作りの場には、番組を通じて出会った農家から分けてもらう果物や米などで作る、季節に寄り添ったメニューが用意されています。
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2水辺から流れる風が心地良い空間
3季節の野菜を使った「三宅カレーセット」
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1三宅商店 / 店主:辻 信行 さん
倉敷美観地区に佇む町家や建物を再利用したカフェやショップの運営、イベントの企画・開催、倉敷の暮らしの楽しさを伝える雑誌の発行…。多岐にわたる辻さんの活動は、ともすると町づくりや町の活性化のためと見られがちです。しかしご本人は、「やっているのは人づくり。江戸から明治に時代が変わった頃、倉敷の農民たちは村の将来を担う子どもたちのために、苦しい経済状態の中でお金や土地を出し合って小学校を作りました。そんな倉敷だからこそ僕は、瞬間的な価値観に振り回されず、豊かに暮らしていくための『塀のない学校』としてすべての活動を行っているんです」と熱く語ります。「倉敷の歴史を知ることで関心が生まれ、地域の宝と出会えばそれを自慢や誇りと感じ、次の世代につないでいこうとするでしょう」とも。より多くの人にその思いを伝えるため、倉敷の本質に新しい価値観を付加して視線を集め、地域経済を活性化へと導いているのです。
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2倉敷美観地区の本町通りにある「三宅商店」(1号店)
3地元でとれたものを使ってつくった、自家製ジャム
倉敷にある「島」や「津」、「浦」が付く地名は、遠い昔、この地が海だったことを物語っています。高梁川が氾濫するたびに土砂が溢れていつしか遠浅の海になり、江戸時代の干拓で田んぼが作られたと伝わっています。「テレビ番組で歩いた時に出会ったおじいちゃんに、倉敷は綿商人の町と聞きました。干拓直後は塩害で米ができず、綿を作ったから。かつては綿の一大産地で、明治以降には繊維の地場産業も数多く誕生しました」と辻さん。倉敷の水源であるこの地は、倉敷の暮らしや産業の源でもあるのです。そして、桜の名所としても知られ、初夏にはホタルを観賞できるなど、人々の憩いの場ともなっています。
倉敷市の酒津公園近くの配水池から八ヶ郷用水沿いに続く、桜並木の小道を歩いて約5分。窓に広がる水辺の景色と耳に届くせせらぎに、心癒されるカフェ。天然酵母パンの「ピタパンサンドセット」や、野菜をたっぷり使った「三宅カレーセット」をはじめ、季節の食材を用いたモーニング(~10:30)やランチ(10:30~16:00)、スウィーツ(10:30~16:00)などを用意する。ケーキやパンはテイクアウトも可能。