公開日2017/08/3
もっとおいしく、もっと美しく。
最高品質の一粒を届けるために
- マスカット・オブ・アレキサンドリア 生産者浅野 陽一さん
公開日2017/08/3
もっとおいしく、もっと美しく。
最高品質の一粒を届けるために
全国区の知名度を誇る岡山県のマスカット・オブ・アレキサンドリア。
県内の中でも一大産地といわれる倉敷市船穂地区で、
産地の誇りと美味しい理由に迫りました。
エメラルドグリーンの美しい果実、芳醇な香り、深みのある甘味。その気品あふれる姿と味から「果物の女王」とも呼ばれるマスカットは、岡山県を代表する果物のひとつです。正式名称は「マスカット・オブ・アレキサンドリア」。香水のムスクのように豊かな芳香と、発祥地・エジプトのアレキサンドリア港から各地に広がったことに名前が由来し、かのクレオパトラも愛したといわれるほど、古くから多くの人を魅了し続けている果物です。
「日本で栽培されるマスカットの9割以上が岡山で作られています」と話すのは、倉敷市船穂地区で20年以上ブドウ農家を営む浅野陽一さん。もともとマスカットは高温・乾燥を好むブドウのため、多湿な日本での生育は難しいとされてきましたが、今から約130年前に岡山でガラス温室での栽培が成功。以来、マスカットといえば岡山と言われるほど、その名を全国にとどろかせる一大産地に成長しました。なかでも船穂は、県内最大の産地として知られるマスカットの里。「晴れの国」と称される天候の下、水量豊かで水質のよい高梁川の恵みで育つ船穂のマスカットは、粒が大きく、香り高い一級品です。現在、船穂には約50戸のぶどう農家が集まり、それぞれが競うように良質なマスカットを作っています。「船穂ブランドを全国に届けたい」という一心で、浅野さんも真摯にマスカットと向き合っています。
船穂のマスカットは、ハウス栽培(ビニールハウスで作物を栽培すること)が中心です。岡山県の中でいち早くガラス温室からハウスでの栽培へと転換したこと、当時としては珍しい加温栽培を採用したことが生産力の向上につながり、産地としての飛躍を加速させたといいます。先人たちが栽培技術を確立し、後継者たちは受け継いだ技術をさらに磨いていくことで、強固な産地形成がなされていきました。北の丘陵地、南の平地でハウスが幾重にも列をなす様子は、まさにマスカットの里・船穂ならではの光景です。
「ここが私の畑です」と浅野さんが案内してくれたハウス内には、ふかふかの堆肥が一面に。「幹回りだけに堆肥をまくのが一般的ですが、船穂ではハウス全体にまくところが多いですね。そうすることで土壌の湿度を調整し、地温も上がり、雑草も生えにくくなります。その結果、根が広く張るようになり、立派な木になるんです」と土壌づくりにも産地のこだわりが息づいています。
船穂のマスカット作りは、まだ寒さが厳しい12月下旬に専用の機械で暖気を送り込み、マスカットの木を目覚めさせることから始まります。「とくに温度・湿度の管理には気を遣います。新芽が付き、実がなるまで、最適に保たれるよう園地の管理を徹底しています」と浅野さん。不要な枝を切る剪定、余分な芽をつみとる芽かき、ハウスの中にはった針金に枝をくくりつける誘引を行ない、春になるころにはマスカット作りで重要な摘粒(粒を間引くこと)を行ないます。一度にすべてを間引くのではなく、成長したら摘粒し、成長したらまた摘粒してという作業を繰り返し、粒の良し悪しを見極め、完成したときの美しさを想像しながらハサミを入れていきます。「ブドウは口のない生き物。木の状態を注意深く観察して、ブドウの力を最大限引き出す手伝いをすることが私たちの役目です」。真剣なまなざしでブドウに向かう姿は、まるでブドウと対話をしているかのよう。「船穂のマスカットは味もよいが、姿も一級品」と言われ、贈答用として高値で取引されるのは、こうして、気の遠くなるような手仕事で、一粒一粒に愛情を込めるからこそ。
旬の果物のおいしさを瓶に閉じ込めたマスカットのコンポートは、マスカットの皮を手作業でとり、丸々1粒をシロップ漬けにした贅沢なもの。爽やかな香りも魅力です。
岡山の和菓子店が手がけるのは、マスカット丸ごと1粒を求肥で包み、砂糖をまぶしたお菓子。マスカットの香りと酸味に、砂糖の甘さが調和したさわやかな一品は、夏季限定の味わいです。
船穂地区に建つワイナリーで作られる、倉敷市内産のマスカットを100%用いた希少なワイン。1瓶につき2房以上使い、低温醸造でゆるやかに熟成させました。気品あふれる香りと風味が楽しめます。
船穂のマスカットは、加温設備のあるハウスで育てられる「加温栽培」、自然の気候条件で育てられる「冷室栽培」の両方が行われており、その出荷は5月から9月まで。出荷時期を迎えると、ハウス内は美しいエメラルド色に包まれます。「今年も立派なマスカットになりました」と笑顔がこぼれる浅野さん。「マスカットの表面にある白い粉。これはブルームと言って、ブドウから分泌されるミネラルや糖分です。ブルームはさわるとすぐにはがれてしまうため、房の管理の時はもちろん、箱詰めの時にも細心の注意が必要」と、最後の仕上げにも余念がありません。
こうして収穫したマスカットを選果場に持ち込み、集まった組合員が共通の基準で相互にその品質を確かめ、厳選したマスカットのみが市場へと流通していきます。どの箱も均一で高品質な船穂のマスカット。産地としてのブランドが確立しているのは、こうした生産者の努力があってこそなのです。
「船穂のマスカットはおいしく、姿も美しい」。そう言ってもらうため、浅野さんは今日も畑に向かいます。
倉敷市の西部に位置する船穂は、岡山県の三大河川のひとつである高梁川の西岸に広がる自然豊かな地域。その恵まれた地の利を生かした、マスカットやスイートピー、金時人参などの栽培が盛んで、いずれも岡山県内屈指の生産量を誇っています。
産地としての歴史は、戦後にビニールや鋼材が広く普及し、船穂北部の丘陵地で柔軟な栽培が可能なビニールハウスが定着したことに始まります。希少価値の高いマスカット栽培に転換する農家が増え、強固な産地形成につながりました。また、マスカットが収穫できるまでの数年間、収入を得るために植えられたのがスイートピーです。今では、全国第3位の岡山県のスイートピー出荷生産量のうち、その8割以上を船穂地区が占めるほどになりました。
また、船穂の金時人参は、人参とは思えないような迫力ある大きさが特徴。畑が砂地のため、人参がまっすぐ下へ伸びることで、西洋人参に比べて一回り大きくなります。
船穂では、直売所やJAなどでそれらの農産品を購入することができます。また、毎年夏には、朝採れの新鮮なマスカットや桃が格安で販売される「船穂マスカット祭り」も開催しています。