公開日2016/10/29
公開日2016/10/29
無為村荘の周りに広がる自然と、アトリエにきらきらと降り注ぐ、まばゆい木漏れ日。倉敷に滞在して名知さんが描きたいと思ったのは、今まで描いてきた人物ではなく、無為村荘の風景でした。
「最初はスケッチしたり、写真を撮ったり、下絵制作から実験的に始めました。パステルカラーのような色を重点的に使いたいと思ったのも、使い慣れたアクリル絵の具から油絵の具にしようと思ったのも初めて。倉敷の景色に出合ってからは、表現方法がどんどん広がりました」と語るように、描く対象も画材も変えての大胆なチャレンジは、名知さんの内的要因と、この場所の外的要因が重なりあって必然と導かれたもの。光と対話するように、描きたいという気持ちに素直に応えるように、名知さんは絵筆をカンバスに向かわせました。
アトリエ以外でも、宿泊先との行き帰りに出合う田畑の風景や素朴な水車、澄んだ川にゆらめく水草から刺激を受けたり、制作を応援してくれる地元の人々との交流を楽しんだり。都会では味わえない、密度の濃い時間が過ぎて行きました。そんな倉敷での日々の小さな積み重ねが、彼女自身に大きな変化をもたらしていったのです。
「以前、名古屋で描いた自画像は、私だけど私じゃなかったんです。自画像はよく分身や鏡と言われますが、明らかに別の人格者が、その絵の中にはいるんです。絵を描いていると、自分ではクリアできないことを乗り切ることができるし、私の行きたいところに連れて行ってくれる…。だから、私以外の誰かが宿っているとしか思えないんです」。
今回の作品を描くなかで、その「誰か」は人影のような形となって風景の中に姿を現してきました。作品に現れる存在を名知さんは『この子』と呼び、今回の制作を通して「早くこの子に会いたい!」という気持ちに満ちていたと言います。外部の情報から切り離されたアトリエでの創作活動。絵だけと向き合う時間の中で、「自然を描きたい、新しい自画像を見つけたい」という作品の礎となる「想い」が形づくられていきました。その想いをぶつけるように、風景画に絵筆を重ねていったのです。