公開日2024/10/7

特集 57 倉敷メイドの逸品が生まれる。モノ作りの現場へ 8 特集 57 倉敷メイドの逸品が生まれる。モノ作りの現場へ 8

Chapter2 次々と新たな畳縁を開発し、全国に発信。
畳縁のリーディングカンパニーに。

 昭和20年代前半、日本全体が戦後復興にわき立ち、住宅建設の増加とともに畳縁の需要が高まっていました。1950(昭和25)年に、4代目の髙田尚浩さんは抑留されていたシベリアから帰還するとすぐに髙田織物株式会社を設立し、畳縁の製造を再開。5年の遅れを取り戻すために新たな畳縁の開発に取り組みました。そして、12年の歳月をかけて綿の無地にポリエチレンで柄を出した2色織りの「大宮縁(おおみやべり)」を完成させ、全国に向けて販売を開始しました。

工場の様子
工場の様子
工場の様子
工場の様子

 一方で、「小さなメーカー同士、力を合わせなくては」との考えから、その技術を同業他社に公開。多くの会社が柄の入った畳縁を作り始めたことから、畳縁の主流は無地縁から紋縁へ、素材は綿から合成繊維へと変化していったのです。
 さらに尚浩さんは「大宮縁」を進化させ、1965(昭和40)年に色数豊かで細かい模様も出せる3色織りの「新大宮縁」を開発しました。

工場の様子
工場の様子
工場の様子
工場の様子

 1962年に社長となった、5代目で現会長の幸雄さんは、着物や帯、美術工芸品などをモチーフにした新たなデザインの畳縁を世に出し続けました。そして、1990(平成2)年には「絵の具のパレットのような日本色の畳縁を作りたい」と、衣料品に用いられるポリエステルを使った全18色の「浮」シリーズ(現在は全24色)を発売。繊細で美しい色をたたえたこのシリーズは、畳縁のイメージを大きく変えたのです。

工場の様子
工場の様子
工場の様子
工場の様子

 そうした新製品には、4代目・尚浩さんから受け継いだ「伝統は伝統として大切にしつつ、新しい畳縁を提案し、畳という日本文化のよさを多くの人に知ってほしい」という思いが込められていたといいます。
 その後も次々と新製品を生み出し続け、今では1000種類を超えるバラエティ豊かな畳縁を全国に向けて発信しています。

工場の様子
FLAT

他にもこんな特集があります。

  • 特集 Vol.18 モノ作りの現場へ  TEORI
  • 特集51 つなぐクラシキ – 融民藝店 – Chapter.1
  • 特集21.- 生きた重要文化財 – 語らい座 大原本邸へ

HOMEに戻る

クラシキ文華(文化 - ブンカ)

倉敷市 市長公室 くらしき情報発信課
〒710-8565 岡山県倉敷市西中新田640番地
【TEL】 086-426-3061 【FAX】 086-426-4095