公開日2024/01/29
マスカット・オブ・アレキサンドリア。
果実とワインで魅力を伝え、次世代へ。
- GRAPE SHIP
公開日2024/01/29
マスカット・オブ・アレキサンドリア。
果実とワインで魅力を伝え、次世代へ。
岡山県のマスカット・オブ・アレキサンドリア生産量は、全国生産量の9割以上。
その中でも一大産地とされている、倉敷市船穂地区のワイン醸造所にお話を伺いました。
「晴れの国 岡山」の雨の少ない気候と、高梁川の豊かで質のよい水、長きにわたり培われてきた栽培技術で、良質なマスカットが育まれる倉敷市船穂地区。
中でも、エメラルドグリーンの気品あふれる姿と、芳醇で上品な香り、深みのある甘さから、「果物の女王」とも称される「マスカット・オブ・アレキサンドリア(以下マスカット)」は、その全国生産量の9割以上を占める岡山県の中でも、船穂地区は一大産地とされてます。
ところが近年は、種がなく手軽に食べられる品種の栽培の増加により、その生産量は減少。生産農家の高齢化もあって、耕作放棄地も見られるようになりました。
そんな中、2012年にマスカット栽培をスタートし、2021年に自然派ワインの醸造所『GRAPE SHIP』を開設したのが、松井一智さんです。
「マスカットの、ほかのブドウにはない香りや品のある甘味を味わってもらうこと、マスカットから生まれるワインのおいしさを発信することでその魅力を伝えられたら、船穂のマスカットを次世代につなげられると信じています。自然派ワインの定義は日本ではまだ定まっていない感がありますが、僕は『有機栽培のブドウを原料にして造る』『自然酵母で発酵させる』『濾過を行わず澱を残す』という3つのルールを徹底しています。そのため、厳しい基準をクリアして有機JASの認証を取得した自家栽培のマスカットのみを使用しているのです」。
また、「この地の歴史を大切にするためにも、地元の子どもたちにマスカットのことを知ってほしい」とも話す松井さん。地域の保育園の子どもたちや近隣の障がい者施設の人を対象に、マスカットの収穫とその果実を使ったジュース作りの体験も行っています。
松井一智さんがヴィニュロン(ブドウ栽培兼ワイン醸造農家)を目指したきっかけは、2006〜2007年に料理を学ぶために留学したフランスで出合った「自然派ワインの衝撃的な味わい」でした。「喉にあたるスムース感と葡萄ジュースをそのまま飲んでいる感覚。アルコールの嫌な臭気というのもなく、体に染み渡る感覚を初めて抱きました」と、松井さんは語ります。自然派ワインへの探究心から、松井さんは以降の留学期間をワイナリー農家での畑仕事とワインの醸造に費やしました。
帰国後もシェフとして働きましたが、「お日様の下でブドウを育てたい」「ワインを造りたい」という思いが、年々ふくらんでいったという松井さん。帰国から3年が過ぎた頃、大阪で開かれたイベントで、船穂での新規就農者を募集していることを知った松井さんは、10年間続けたフレンチシェフからの転身を即断。2010年に船穂へと移住し、2年間の農業研修を経て、マスカット農家として独立しました。
最初に借りた畑は0.2ヘクタールでしたが、耕作放棄地を借り受けるなどして徐々に拡大。マスカットを植え続け、その栽培に力を注いできました。
ワイン用マスカットの収穫に成功した2017年には、世界で高く評価されるワイン醸造家・大岡弘武さんの『La Grande Colline Japon(ラ・グランドコリーヌ・ジャポン)岡山ワイナリー』の立ち上げを手伝うことに。
その後4年にわたって、自然派ワインの醸造を学んだ松井さんは、2021年に念願の醸造所を完成させ、ワイン醸造家としての一歩を踏み出したのです。
2023年の初冬、目標だったヴィニュロンとなってから3期目の収穫とワインの仕込みを終えた松井さん。
「ここ船穂地区の人々は農業経験がほとんどない僕を快く受け入れてくれましたし、この地に醸造所を建てることもできました。だからこそ、この地区の中で、自分自身の手で育てられるだけのマスカットを栽培し、その実でワインを造り続けたいと思っています」と、力強く話してくれました。
マスカットを100パーセント使用した、白ワイン仕込みのライトなワイン「mellow」。さっぱりとした飲み口を楽しめる微発泡ワインで、グラスに注ぐとマスカット香が広がります。
同じくマスカットを100パーセント用い、赤ワイン仕込みにした「mellow ブルーラベル」はオリエンタルなテイスト。しっかりとした酸味を感じられる、さわやかな味わいのワインです。
『GRAPE SHIP』は、「La Grande Colline Japon(ラ・グランドコリーヌ・ジャポン)」の研修を修了した松井一智さんが開設した、ワイン醸造所。倉敷市船穂地区で自家栽培したマスカットから、自然派ワインを醸造しています。
松井さんは、果樹の世話から収穫はもちろんのこと、ワインの仕込みや瓶詰め、ラベル貼りまでのすべてを手作業で行っているため、マスカット収穫の最盛期である夏の忙しさは並大抵ではありません。
それでも、「農家がつくる加工品は閑散期に販売するものというイメージですが、マスカット香が一番映えるのは夏の暑い時期なので、あえて出荷の最盛期にぶつけています」と松井さん。
『GRAPE SHIP』のワインは、マスカットを100パーセント使用した、白ワイン仕込みの「mellow」と赤ワイン仕込みの「mellow ブルーラベル」、マスカットに赤ワイン用のブドウを加えたロゼワイン「朱」の3種類をメインとし、他数種類を醸造しています。
中でもロゼワイン「朱」は、「僕が自然派ワインと出合った時に味わった感覚を、この町の人々にどれだけ広められるか」を重視し、かの1本に寄せた味わいに仕上げているのだとか。
ワイン醸造家の道を歩み始めてまだ3年目ですが、松井さんのワインとそこに込めた思いに賛同する人は徐々に増えているよう。それを証明するように、ある収穫日の畑は、手伝いをするために駆けつけた酒店や飲食関係の人々でにぎわっていました。
「地域の中で、自分が造ったワインを手に取ってくれる人が増えるのが嬉しい」。そう笑顔を見せる松井さんは、一方でこうも話します。「僕が造るワインだけじゃおもしろくない。いろいろなマスカットワインがこの地で造られ、果実だけでなくワインの産地にもなることで、耕作放棄地が減り、船穂という土地自体も生きてくると思っています」。
実際に、ブドウ栽培やワイン造りを学ぶために『GRAPE SHIP』で働く若者や、ワイン造りを目指す若手のブドウ農家が松井さんのもとに集まっています。松井さんの願いが現実となる日は、そう遠くないのかもしれません。