公開日2017/11/9
公開日2017/11/9
『藤戸饅頭本舗』の起源は、平安時代の寿永3年(1184年)に起こった源平合戦にまでさかのぼります。当時のこの地は、まだ一面の海。軍船を持っていなかった源氏の武将・佐々木盛綱は、平家の虚を突いて浅瀬を馬で渡り、大戦果をあげます。その陰で、秘策が漏れないよう、浅瀬を教えてくれた藤戸の漁師を合戦前に切り捨てていた盛綱は、後に漁師の供養のために藤戸寺で盛大な法要を開催しました。その際、寺のそばに1軒だけあった民家の住人が饅頭を供えたのが、「藤戸まんぢゅう」の起こりと伝えられています。
法要で評判となった饅頭は、いつしか境内の茶店で振る舞われるようになり、元禄年間(1688〜1707年)には製造元の民家で販売されるように。「饅座小屋」とも呼ばれたその家が、『藤戸饅頭本舗』を営む金本家の先祖なのです。やがて万延元年(1860年)、金本家は現在の地に店を構え、『藤戸饅頭本舗』の看板を掲げます。以来、地元の人々に親しまれ続け、今では倉敷市で最も古い歴史を持つ老舗となっています。
「平安時代、法要に供えられた当初は、餅に近いものだったようです。その後、三代目の金本亀三郎が全国をめぐって饅頭作りを学び、『藤戸まんぢゅう』の原型を生み出したといわれています」。
そう話す七代目当主の金本博行さんは、代々と受け継いできた味わいを日々、提供しています。
「藤戸まんぢゅう」は、地元の麹を使用した酒粕を毎朝しぼって作る甘酒を加えた薄皮で、北海道十勝産の小豆と砂糖だけで丹念に練り上げたこし餡を包んで蒸した、酒蒸し饅頭です。透けるほどに薄い皮からは、ほのかな麹の香りが漂い、口に運ぶと、しっとりなめらかな餡に閉じ込められた、小豆独特の風味が広がります。「素材本来の持ち味を生かすため、そして安心して召し上がっていただくため、保存料などの添加物はいっさい使用していません」。こだわりを貫くがゆえに賞味期限は短く、地元以外ではなかなか味わえない品となっています。
「一番おいしいのは、作ったその日。ちょっと皮が固くなったら、トースターで軽く焼いたり、お湯に溶かしてお汁粉にしたり、衣を付けて揚げたりすると違ったおいしさを楽しめますよ」と金本さん。
「藤戸まんぢゅう」は、串田店併設の工場で製造されています。伝統の味を守るため、博行さんの父、六代目の正己さんが、苦労を重ねて繊細な手仕事を再現できる製造機を開発しました。製造工程は時代とともに変化させてきましたが、連綿と受け継いできた素朴な味わいは健在です。
「伝統の味を絶やすことはできないと思っているので、プレッシャーは感じていますよ。でも、継続は力なり。身の丈を知り、背伸びしたりせず、よいものを作り続けることに集中したい」。多角化や多品種製造を図る企業や店が多い中、当店が「藤戸まんぢゅう」のみを製造・販売しているのはそうした思いからなのです。 最後に、「この饅頭を通して、藤戸という地の歴史を知ってもらいたいし、次の世代に伝えてもいきたい」と、金本さんは真摯な表情で話してくれました。
岡山県の南部一帯が「吉備の穴海」と呼ばれていた遠い昔、源平合戦の舞台となった藤戸は海峡でした。江戸時代の大干拓で陸地となったこの地は、源平合戦の「藤戸合戦」の古戦場として知られています。現在も町のそこここに、勝利した源氏方の武将・佐々木盛綱が修復した藤戸寺や、戦死者を弔った経ヶ島の塚などの史跡があり、往時を物語っています。