特集40.倉敷メイドの逸品が生まれる。モノ作りの現場へ 7

ハイトリ紙からマスキングテープ、そして「mt」へ。
現場の声を聞き、新しい価値を創出する「粘着の世界」

カモ井加工紙株式会社

工業用から文具用へ、マスキングテープの新たな可能性を拓いた「mt(エムティー)」。
その生みの親であるカモ井加工紙に、モノづくりの原動力を伺いました。

  • 本社工場
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  • 本社工場

ハイトリ紙から粘着テープへ。時代とともに暮らしを支えたカモ井の「粘着技術」

 江戸時代に幕府の直轄地のいわゆる「天領」となり、物資の集積地として栄えた倉敷。その恵まれた資源を生かし古くから様々な工芸品が作られ、大正時代末期から始まった民藝運動の広まりとともに「用の美」をたたえた民藝品もこの地で生み出されてきました。
 そんなものづくりの文化が息づく倉敷に本社を構えるのが、粘着テープ(マスキングテープ)を製造する「カモ井加工紙」です。1923(大正12)年の創業時は「カモ井のハイトリ紙製造所」という社名で、ハイトリ紙を作っていたといいます。「ハイ」とは岡山弁で「ハエ」のこと。創業者・鴨井利郎は進取の気質に富んだ人物で、物と物がくっつく「粘着力」に着目。その力をハエの駆除に役立てようと、日本で初めてとなる国産製の「カモ井の平型ハイトリ紙」を手がけました。薬品を使わない安全性、どこでも使える手軽さから瞬く間に人気を博し、創業の翌年にはアジアやアメリカにも輸出を開始。1930(昭和5)年には、倉敷駅前に本社工場を新設移転し、現在も販売する天井吊り下げ式の「カモ井のリボンハイトリ」を製造。さらに液体殺虫剤も手がけ、捕虫分野の拡充を図っていったのです。

  • カモ井のハイトリ紙
  • カモ井のハイトリ紙
  • カモ井のハイトリ紙
  • カモ井のハイトリ紙
  • 岡本直人さん

 「転機が訪れたのは、1961(昭和36)年。ハイトリ紙で培った技術を転用し、粘着テープの製造を開始させました」。そう話すのは、営業部コンシューマー課の岡本直人さん。戦後の混乱期が終わり、衛生環境が向上すると、ハイトリ紙の売り上げが激減。生き残りをかけて参入したのが、「粘着力」を生かした粘着テープだったのです。時代は高度成長期の真っただ中。大衆車の普及に伴い自動車の塗装用を、木箱から段ボールでの物流が始まると包装用を、建設ラッシュ時には建築用をと、様々な粘着テープを製造。以来、主力商品としてカモ井のアイデンティティーを確立しています。

  • 工業用マスキングテープ
  • 矢掛工場

粘着のメカニズムを追求し、工業用マスキングテープを製造

 カモ井加工紙が製造する粘着テープ。その用途は、塗装するときに周囲を汚さないようにするための保護用で、英語で覆い隠す(=masking)を意味する「マスキングテープ」とも呼ばれるアメリカ発祥のテープ。建築現場や自動車塗装といったモノづくりの現場に必要不可欠な養生資材です。「そこで大切にしたのが、現場の声を聞くことでした。職人の元へ出向き、不満の声を一つひとつ直接拾い上げたのです」と岡本さん。当時としては珍しいエンドユーザーへのヒアリング&モニタリングを実施。時には強風が吹く高層ビルで、時には日差しが照り付ける真夏の屋根瓦でと、実際の現場でテストを行い、改良を加えることで、被着体(粘着テープを張り付ける対象物のこと)に合わせた多様な製品を誕生させました。刀剣のような直線性・見切り性(塗装面と非塗装面の境目の綺麗さ)を追求した「正宗」、怪盗のように跡形もなくきれいに剥がせる「ルパン」など、ネーミングを品番から愛称に変更。職人参加型の試作会議「職人会議」を行うなど、創業から受け継ぐ進取の精神で、常に新しいことに取り組んでいます。

  • 生産風景
  • 佐藤充さん
  • 生産風景

 アップデートは、粘着のメカニズムにも及んでいます。「どんな素材にもくっつき、なおかつ剥がしやすいという相反する要素を1本のテープに集約させた粘着テープ。その世界は奥が深いです」と話すのは、本社工場長の佐藤充さん。粘着剤や剥離剤の組成・配合をはじめ、被着体との接着具合、耐候性・耐水性・耐熱性なども考慮して粘着のメカニズムを研究開発。さらには表面の素材までも独自性を追求しているというから驚きです。
 「表面の基材は紙、布、ビニール等がありますが、うちで作っている粘着テープの約8割は和紙。その生産量は国内トップクラスを誇っています。繊維の方向や絡み具合までも設計し、見切り性の良さ、薄さ、丈夫さを追求しています。和紙は日本独自の素材であり、可能性を秘めた素材だと思うのです」。そう話す佐藤さんの言葉どおり、脱プラ素材である和紙は環境にも配慮した製品。カモ井加工紙ではFSC認証(持続可能な森林活用・保全を目的とした制度)を受けた和紙を使い、持続可能な製品づくりにも努めています。

カモ井加工紙の製品

カモ井加工紙の製品

ハエ・虫取り・ねずみ捕り

ハエ・虫取り・ねずみ捕り

昭和5年発売「リボンハイトリ」の粘着剤を基に開発した安全無害な粘着式捕虫製品。薬剤の苦手な方や、薬剤の使えないシチュエーションで威力を発揮します。

工業用マスキングテープ

工業用マスキングテープ

建築用・シーリング用・車両塗装用など、プロの要望を基に開発した高品質かつ多彩なラインナップは、作業性と仕上がりの質を向上させ、多くの現場で高い評価を得ています。

  • 本社工場外観
  • 社是「程」

1923(大正12)年、「カモ井のハイトリ紙製造所」として創業。その後、1930(昭和5)年に倉敷駅前に本社工場を新設移転。1965(昭和40)年の片島工場竣工時に定められた社是「程」には「身の程を知って、事にあたる」という意味が込められている。

【カモ井加工紙株式会社】
https://kamoi-net.co.jp/
  • リトルプレス
  • リトルプレス

マスキングテープから「mt」へ。新しい価値を創出する

 今まで工業用ひと筋だったカモ井加工紙の粘着テープ。2006(平成18)年に3人の女性との出会いで、新たな局面に突入したといいます。「はじまりは、工場見学をしたいという1通のメールでした。それまで一般の工場見学を受けたことがなく戸惑っていたところ、彼女たちがマスキングテープの魅力をまとめた1冊のリトルプレス(自費出版物)を会社に送ってくれたのです」と当時を振り返る岡本さん。冊子の中には、マスキングテープの上に文字を書いたり、重ねて貼ることでテープの透け感を生かしたりするなど、「マスキングテープの新しい可能性」が詰まっていました。その熱意に打たれ、当時の常務が工場見学を快諾。交流を深める中で「もっと色があれば」という要望が上がると、その声に応えるべくプロジェクトチームを発足。同じマスキングテープとはいえ工業用とは長さやサイズ、販路などが異なるためすべてが手探り状態でしたが、「現場の声を聞く姿勢」と「進取の精神」で彼女たちの意見を反映した試作品を何度も作ること約1年。2008(平成20)年、雑貨・文具用のマスキングテープ「mt(エムティー)」が誕生したのです。20色もの繊細なカラーリングは発売と同時に爆発的な人気となり、以降、様々なイラストや模様を施したり、デザイナーとコラボレーションしたり、今までに4000種類以上が生み出されてきました。

  • 本社工場内観

 発売当初からmtが製造されるのは、倉敷にある本社工場。白を基調にした明るい雰囲気の内部は、壁や機械などいたるところがマスキングテープで彩られています。柄を印刷したジャンボロール(原反)を、7mや10mなど販売用の長さに紙管へと巻き取ったら裁断。ラベルを貼って段ボールへ梱包したら完成です。商品ラインナップも増え、壁紙感覚で使える幅広タイプの「mt CASA」シリーズも誕生し、インテリア分野にも広がりをみせています。

  • 生産風景
  • 生産風景
  • 生産風景
  • 生産風景
  • 生産風景
  • 生産風景
  • 佐藤充さん

 mtの可能性はこれだけではありません。東日本大震災の際には復興支援チャリティーテープを限定発売。2012(平成24)年からはファクトリーツアーを毎年開催し、国内外から多くのファンが倉敷の工場へ足を運びました。2013(平成25)年に開催された瀬戸内国際芸術祭の期間には粟島でイベントを開催し、小学校の校舎をmtでデコレーション。「貼りやすく、剥がしやすく、指で簡単にちぎれる」という利便性と楽しさ、アート性から、最近では病院や介護施設のリハビリのツールとして利用されているといいます。新しい価値を創出する「粘着の世界」を倉敷から発信しています。

  • 歴代のmt
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  • mt車
  • mt自転車・mt車椅子
  • mtオブジェ
  • mt車

他にもこんな特集があります。

  • 特集 Vol.18 モノ作りの現場へ  TEORI
  • 特集 vol.24 クラシキの古民家カフェ
  • 特集49 地域の魅力を醸成する 下津井シービレッジプロジェクト – Chapter.1

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