倉敷美観地区(以下、美観地区)のにぎわいから少し離れた場所にある『図書館CAFEひとひ』。約100年前から残るといわれる古民家を改修し、2025年4月にオープンした図書館カフェです。


店名の「ひとひ」は「一日」の古い読み方で、「一日のどこかで気軽に訪れてほしい」との願いを込めたもの。店内には、絵本から小説、エッセイ、漫画まで1,000冊以上が並び、気になる本は借りられるほか、その場でページをめくることもできます。一人掛けの席を多く設け、自家製のケーキや焼き菓子、淹れたてのコーヒーなどをおともに、誰にも気兼ねせず読書を楽しむこともできます。





店主の澤江亜玖里さんがカフェの開業を夢見たのは高校生の頃。地元・倉敷にある美観地区の町並みが好きで、「いつかはここで店を」と考えていたそうです。その思いに変化をもたらしたのが、倉敷市地域おこし協力隊として町家の保存と活用に携わった経験でした。「以前は、観光客でにぎわう美観地区を見て、単純に『活気があっていいな』と思っていました。でも活動を通して、視野が美観地区の外へ広がったんです。町家調査をするなかで、その周りにも古い建物が残っていることを知りました。地域に残るこうした建物も守っていきたい。その一軒を、自分で生かしてみようと思いました」。店を構えたのは、住民が行き交う商店街の裏手。近所の親子連れや夫婦、一人客まで、さまざまな人がふらりと立ち寄ります。




「地域に開かれた居場所をつくりたい」という思いから始まった店づくり。約3年間空き家だった建物の片付けからスタートしました。改修を担ったのは、澤江さんが協力隊時代に出会った地元の左官職人です。「学生にも古民家改修に触れる機会をつくりたい」と、県内の大学生もワークショップ形式で参加を募り、地域の人を巻き込みながら店づくりを進めました。






「古いから捨てるのではなく、まずは使い道を考える」。そんな思いのもと、柱や天井は元の姿を残し、この家にあった物を随所に再利用しました。箪笥は分解してチェストに、古い建具の木枠と波打つガラスは窓のサッシに転用。古民家から出てきたアイロンやそろばん、当時の雑誌、レトロな瓶も、ディスプレイとして生かしています。大小さまざまな本棚には、地元企業・倉敷木材から仕入れた木材を使用。古い物を受け継ぎながら新たな役割を与え、この店ならではの空間を形づくっています。





「つくりたかったのは、誰もがふらっと立ち寄れる居場所でした」と澤江さん。多世代が集う場を思い描くなかで、可能性を感じたのが、本を介したコミュニティでした。「本なら、世代を超えて人が集まり、借りたり返したりするたびに何度も足を運んでもらえる」。その発想から生まれたのが、図書館とカフェを組み合わせた現在の形です。





その仕組みの中心となるのが、オーナーが一箱ずつ本を選んで並べる「本棚オーナー」の制度。取材時には10人が参加し、それぞれの箱には、おすすめの一言が添えられています。なかには、本に関連する品をオーナー自ら飾った箱もあり、棚を眺めるだけでも箱主の人柄や関心に触れることができます。本は会員登録すれば3週間借りられ、感想カードで箱主にメッセージを届けることも。自由につづれるノートには、訪れた人の言葉や読書の余韻が少しずつ積み重なっています。





本棚の前で読者と箱主が顔を合わせ、澤江さんの橋渡しで会話が始まることもあり、なかには文通を始めたり、一緒に食事へ出かけたりする仲になった人もいるそうです。「想像していなかった出会いが育まれているのが、一番うれしいですね」と澤江さん。本と人、人と人とのつながりが、古くからまちの人をつないできたこの場所から、またゆるやかに広がっています。
月に一度開かれる「ひともじ読書会」は、毎回一つの漢字をお題に、参加者がその文字から連想した本を持ち寄って紹介する会。同じ一字でも、文字どおりに捉える人、体験や関心に結び付ける人など選書の切り口はさまざまです。自分では手に取らなかった本や、ほかの人の解釈に出会えるのも、この会ならでは。開催日と参加方法は公式Instagramで案内しています。
